たゆたふ 

楽園俳句会 市川綿帽子

ピアスの痕触る蚕豆剥きながら

フィナンシェに正しき割れ目麦の秋

子宮なき躰は軽し星涼し

愛請ひて女三代水芭蕉

サンダルの響き遠のく家出の夜

熱帯魚散り散りにホスピスの昼

死を告げむ鴉の声や西日中

遠泳といふ人界を離るるは

夕映にわたくしの殻水着干す

落日を葡萄のごとき蠅取紙

ひきがへる証明写真の頬痩けて

ゼラニューム性のはざまをたゆたひて

われに棲む触れられぬひと花氷

風死すや軍桟橋前停留所

敗戦日十円玉の酸き匂ひ

前世は勲三等の鬼薄

人はみな一本の樹よ星月夜

モップ立ててマイクスタンド夜学生

香辛料の色それぞれに秋闌けぬ

小春日に生まれたのよと言ひ遺し

病床の小さき聖樹に星を足す

ライブハウス出れば初雪耳を打つ

汁椀に白髪葱てふ美しき反り

凍空を溶くや()()鹿()の黒き舌

あの群に母鳥もをり雲に入る

サイネリア吾はときをり我になる

復縁の卓に蕾のチューリップ

籠る日の酢飯に散らす桜漬

日雇で磨く巾木や春愁

建材の塵堆し新樹の香

2020年度俳人協会新鋭賞作品30句